はじめまして。タスブロ管理人のサメゾン(@samezonBlog)です。
タスブロをご覧いただきありがとうございます。
その上、プロフィールページまでご覧頂き、大変恐縮です。
このページでは、タスブロ管理人である私、サメゾンの自己紹介をさせていただきます。
ちなみに、サメゾンのアクセントはAmazonと同じです。
少しでも興味がある!という方は、読んで頂ければ幸いです。
サメゾンの経歴
まずは就職してから現在に至るまでの経歴を述べていきます。
大学院卒業後プログラマーになる
理系の大学院を卒業後、新卒で某大手事務機器メーカーに就職しました。
大学時代の専門は電気工学でしたが、自分から希望してプログラマーへと転身します。
2年間、仕事をしながら幅広くプログラミングについて学ばせてもらいました。
給料をもらいながらプログラミングの勉強をさせてもらえるという贅沢な環境だった為、学生時代とは比べ物にならないほど必死に勉強しました。
お金を払っていた大学時代より、お金をもらっていた会社員時代の方が必死に勉強をするなんて、我ながらおかしな話だと思いますが、そういう性分です(笑)
その甲斐あってその2年間で、
- 基本情報技術者試験
- ソフトウェア開発技術者試験(現:応用情報技術者試験)
2つの国家試験に合格することができました。
その後1年間、後輩プログラマーを育成する部門に居座ったのち、開発部門へ異動。
3年あまり、1台あたり何十億円もするちょっと特殊な製品のソフトウェア開発に携わりました。
実際に手を動かしてプログラミングするというよりは、マネージメント側の仕事だったので、今ふり返るととても良い経験をさせてもらったなと思います。
30歳になったのを機にイベントプランナーに転身
給料は非常に良かったものの、なんだか悶々とする日々を過ごしていた為、このままでは精神を病みそうな気がしたので転職を決意。
自分の仕事で誰かを笑顔にできるような仕事がしたかった為、全く畑の違うイベント制作会社へ転職しました。
しかし、転職してまもなく、業界の黒い部分を見てしまい3か月ほどで退職。
自分の望む仕事は自分で作ろうと思い立ち、突発的に起業します。
それから約12年、ブライダル系のパーティーや謎解きイベントをプロデュースするなど、コンシューマ向けのイベントプランナーとして活動してきました。
40歳を過ぎて子供が生まれた事もあり新たなことに挑戦中
そして、現在。
40歳を過ぎ、2児の父となったこともきっかけに、新たなことに取り組んでいます。
フリーランス向けのWeb集客サポート
これまで自身で手掛けたイベントのWeb制作やマーケティングなどの知識を活かして、個人で事業をしている人の集客のお手伝いを始めました。
私一人で頑張るよりも、頑張っているいろいろな人の活動を広げられれば、より多くの人を笑顔に出来るのではないかと考えています。
ブログでのアフィリエイト
フリーランスの人の集客サポートをなるべく安価にやりたいなという想いがあり、また、子供と一緒にいる時間も増やしたいと言う想いがあり、ふと、ブログで収入を得たら良いのでは?と思い立ち、アフィリエイトを始めました。
アドセンスやASPアフィリエイトもやっていますが、特にAmazonや楽天の物販アフィリエイトが性に合っていて、始めてから9か月で月収20万を達成することができました。
このタスブロは、そのノウハウを主に初心者ブロガーさん向けに共有できればと思い、立ち上げたブログです。
これからも色々と挑戦したい
根本にある、より多くの人を笑顔にしたい思いを胸に、これからも色々なことに挑戦していきたいと思います。
サメゾンの趣味嗜好
せっかくなので、趣味などについても少々述べておきます。
漫画
昔から漫画をよく読みます。
スポーツや医学、法学、料理など、自身の専門分野以外においては大概の知識を漫画から得ている為、妻になんらかのうんちくを話すと、
「そのネタ、漫画で仕入れたんでしょう?」
と言われ、あまり信用してもらえません。
そのうち、好きな漫画の事をひたすら紹介していくブログとか始めようかな(笑)
ドラマ
結婚してから妻の影響で、連ドラをすごく見るようになりました。
子どもが寝たあとに、録りためているドラマを夫婦で見るのが我が家の定番です。
サッカー観戦
Jリーグ開幕時、高校の同級生に浦和住民が多かった影響で、浦和レッズサポーターに。
一時はゴール裏で飛び跳ね、歌い、叫び、ブーイングいるほど熱心なサポーターでしたが、最近はスタジアムに行くことも無くなってしまいました。
近い将来、子どもと一緒に埼玉スタジアムに行くのが小さな夢です。
サメゾンの生い立ち
生い立ちについてもせっかくなので書いておきたいと思います。
幼少期
生まれは千葉県千葉市。同世代の子どもが多く住む団地で育ちました。
両親共働きでしたが、団地内のどっかしらに友達がいたので、常に誰かと遊んでいた記憶があります。
遊具もあるし、危なくないし、今思えばとても恵まれた環境でした。
性格は真面目とよく言われるような子でした。
本人としては、親や先生にこっぴどく怒られた記憶も多いので、実際にそんなに真面目な子ではなかったんじゃないか?とも思っていますが、今でも真面目と言われるので、まあ真面目な子どもだったのだと思います。
小学生
小学校2年生のときに千葉から東京へ引っ越します。
小学生になったら友達100人作るぞー!と張り切って友達を作っている最中に転校させられた為、その後、見事に性格が歪みました(笑)
そのこともあり、自分の子どもには転校を経験させたくないなという思いがあります。
中学生
1年、2年時のことはあまり記憶になく、3年のときのすごく楽しかった思い出だけ残っています。
同じ高校に行く同級生はいなかったこともあって、卒業のときはとても寂しかったです。
高校生
いわゆる進学校に入学。
いきなり勉強のレベルが跳ね上がったので、最初の中間テストで赤点を取るなど、落ちこぼれに。
高校2年の2学期に物理の試験では生まれて初めての0点を取りました。
文系科目が苦手なのに、物理もできなかったら大学に行けないじゃん!
と、その0点を機にようやく焦りだし、本気で受験勉強をスタート。
その甲斐あって、大学は第二志望でしたが現役で合格できました。
あのとき、0点を取って本当に良かった(笑)
大学生
大学では再び勉強しない日々がスタート。
サークルとバイトに明け暮れているうちに、就職活動に乗り遅れて大学院への進学を決意。
内部進学だったものの試験があった為、そこでようやく必死に勉強を開始。
なんとか無事に進学できました。
勉強に関しては情けない限りですが、サークルとバイトで培った実務能力は、今でもとても役に立っており、大学時代の経験は大きかったなと実感しています。
大学院
専攻は電力系統工学。
修士論文のテーマは電力系統の可視化というやつで、大停電が起きるときの様子をシミュレーションして検証するといった事を研究してました。
研究の前提段階として、東京電力の電力網を再現し、大停電を起こす必要があったのですが、電力網があまりにしっかりしていて、シミュレーション上でも停電を起こすのに四苦八苦。
原発を無理やり2基停止させて、ようやく不安定な状態になるほど強固な電力網に驚きました。
その約10年後、東日本大震災で研究時と同じような状況が実際に起こるとは因果なものです。
あの困難の最中、東京電力に就職した同期に「大丈夫?」と連絡したら、
「必死にがんばってるけど、もしかしたらやばいかも。ごめん。」
と返事がきました。
あのとき、電力不足や計画停電のことで東京電力は非難されてましたが、現場の人たちは大停電が起きるギリギリの瀬戸際で、不眠不休で頑張ってくれていたようです。
当たり前のように電気が使える事に、感謝です。
東京電力には現場の努力が報われるような組織になってもらいたいものですね。
※話が大きくそれたので無理くりなまとめでスミマセン…
サメゾンプロフィール総括
長々と私、サメゾンのプロフィールを書かせていただきました。
役に立つものでもないと思いますが、読んでいただいて少しでも面白いなぁと感じて頂けたのなら幸いです。
そして、そんなさめじの書くこのタスブロに興味を持っていただけたら、いろいろな記事に目を通してやってください。
ご愛読、よろしくお願いします。